Saki Sakurai

新しい知覚

2021.11.27

それまで色のない世界で生きてきた色盲の人が、色が見えるようになる眼鏡を初めてかける、幾人かのその瞬間をおさめた映像をYouTubeで見ました。

生まれて初めて、色のある世界に飛び込んだ彼らはどんな反応をすると思いますか?

わーい!と飛び上がって歓喜の声をあげる人は1人もいませんでした。

みんな「あぁ…」と頭を垂れます。
そして、眼鏡を外して、涙します。嗚咽がこぼれます。それは、10歳の少年も、50代のおじさんも、みな例外なく同じでした。

そして、彼らは言いました。
「僕はこんな世界にいたの?」
「レンガの赤はこんな赤だったの?」
「木はこんなにたくさんの緑色でできていたの?」

もちろん、色のない世界から色のある世界にきたその瞬間の心情というものは、やっぱり彼らにしかわからないものだと思いますが、つい最近わたしも同じような経験をして、ほんの少し彼らの気持ちに触れたような気がしました。

罪があるという信念が剥がれ落ちて、無罪性、そこにある愛が現れて出たとき、わたしは文字通り、新しい世界にきたようでした。そして、やっぱり頭を垂れて声を出して泣きました。

名もつけようのない感情が心から溢れるとき、それにただ降参せざるを得ないとき、わたしたちは涙します。

わたしはこんな世界にいたの?

わたしは、いつもイライラさせれると思っていたあの人がこんな優しい声を発していることを知らなかった。

電車でたまたま乗り合わせた人をこんなふうな眼差しで包み込むわたしを知らなかった。

わたしたちは、自分とひとつであると認識するものを愛します。「罪がある」という信念をもったまま、他者を自分とひとつのものとして感じることはできません。つまり、真に愛することはできません。有罪性の信念だけが、分離を生かし続けることができます。

だから、わたしたちが取り組むべきは罪悪感なのです。罪悪感が、愛の障壁です。それがなくなれば、わたしたちはもともと愛なので、それが放射されます。

奇跡のコースは、そこへ導いてくれる優しい道です。