Saki Sakurai

ホーリースピリットがいるということ

2021.11.07

週末は、夫と外でランチをしたあとにスーパーに食材を買い出しに行くのが定番なのですが、その日曜日は「これから仕事の打ち合わせがあるから西荻窪に行くのだけど、車に乗っていく?」と夫。

あら、じゃあ今日はひとりで家で何か食べようかな、と思ったのですが、そのときリサちゃんの顔が浮かびました。リサちゃんというのは西荻窪で“日曜日だけの食堂“をやっている友人で、旬のお野菜をふんだんに使った、その日だけの一期一会のランチプレートは何週間も先まで予約が埋まっているほどの人気ぶりです。

行きたいけど、当日だしどうせ空いてないだろうな、と思いました。しかも夫はもう10分後には出かけると言っているし、仮にいま連絡をしても彼女は仕込みの真っ最中で、メッセージを見れないかもしれない…と思ったのですが、とりあえず連絡してみると3秒後に返事が来て「今日は今の時間ならあいてます!」とのこと。なんと奇跡的!

急いで支度をしている間に、そうだ、みかんを持っていこう!と思いつきました。数日前に母が地元の熊本のみかんを送ってきてくれたのです。お店について、挨拶とともにみかんを渡すと、リサちゃんが目を丸くさせて「わぁちょうどみかんなくなって買いに行かなきゃと思ってたんです」とのこと。(たしかにその日のプレートにはカットされたみかんが可愛らしく花を添えていた)さらには、彼女はその日に来るゲストのためにいつも1枚1枚手書きのメッセージカードを用意するのですが、「今日はなぜか一枚余ってたんです。早紀さんのぶんだったんだ」とも。「面白いねぇ、不思議だねぇ」と言いながら再会と料理を楽しんだあと、店を後にしました。

奇跡の連鎖はまだ続きます。

その翌日、オフィスに出勤していたわたしは、今日は少し時間があるからランチは少し遠くまで足を伸ばそうと思いつきました。そのお店に行くと、日替わりビュッフェのメニューのひとつに車麩の南蛮漬けがあり、そういえば昨日リサちゃんが「今日は早紀さんの好きな車麩ないけど、ごめんなさいね」と言っていたのを思い出しました。車麩食べれました、ありがたし。

食べ終わってお店を出たときに、ふと、明日の朝食用のグラノーラを切らしてしまっていることを思い出し、斜め向かいのカフェでマフィンを買っていこう思いつきました。レモンとジンジャーのマフィンを紙袋に入れてもらい、お店を出ると突然の大粒の雨。わぁ、傘持ってないな、どうしようと思い、すぐ隣にあったオーガニックコスメのお店に駆け込むと、わたしが抱えていたマフィンの袋を見て「マフィン、買われたんですか?そこの、美味しいですよね」と店員さん。「雨も降っていますし、少しお手元で試して行かれますか?」と言って、ボディオイルやクリームを紹介してくれました。お店を出るときには雨が止んでいて、わたしはフランキンセンスの香りに包まれてオフィスに戻りました。

他の人にしたら「それがどうしたの??」という日常風景かもしれません。たしかに、起きたひとつひとつのことに意味はありません。みかんが欲しいと思ってた人にみかんを届けられたって、車麩が食べられたって、雨に濡れずに済んだって、やっぱり「で?なに?」だと思うんです。

でも、わたしにとっては、ホーリースピリットの愛をそこかしこに感じる出来事でした。わたしの日常のあれこれとした、あぶくのように次々に湧いてくるどうでもいい、他愛もない思い(その大半は何食べよう、とか。)を使って、またみかんや車麩やマフィンなどこの世界のものを使って、平和が次々とやってくる人の中に見出されていく経験をさせてくれるのです。あなたを導いていますよ、ここにいますよ、と安心させてくれるのです。

奇跡のコースでいう「奇跡」とは、外的な状況のなかで起こり得ないことが次々と起こる、という意味ではありません。「奇跡」とは、ホーリースピリットとつながった結果、他の人ともつながるということです。

これはほんの一部分だけ切り取った奇跡の連鎖です。わたしが見逃さなければ、その前にもあっただろうし、その後にもあっただろうし、同時並行で別の奇跡も起きていただろうし、またわたしが見えない範囲のところにも、派生しているのでしょう。たとえばリサちゃんは、その日来た最後のお客さんに「よければ、みかんどうぞ」と声をかけるかもしれません。オーガニックコスメの店員さんは、自分もマフィンを買って帰ろうとカフェに立ち寄るかもしれません。そして、そこでまた聖なる出会いが広がっていくのです。

思わず知らずに奇跡は波紋のように広がっていって、そしてわたしも誰かの奇跡の一部なのです。