Saki Sakurai

選択

2021.11.23

「何かを選択するときに、AがいいかBがいいか迷ったら、そんなのはそのとき隣にいる誰かに、「AとBどっちか適当に言って」って、答えてもらった方でいいのよ。どちらにせよ、経験することは同じなのだから。」

と、随分前にセミナーで先生から話を聞いたとき、椅子から転げ落ちそうなほど衝撃的だったのを覚えています。

考えてみます。

①焼き菓子を買うときに 

A:クリームチーズのマフィン  B:いちじくのマフィン

うん、これはまぁ、失敗しても大した痛手ではないので、確かに隣の人(もしくは店員さん)に聞いても、いいかもしれない。

②家を探しているときに

A:駅から10分のやや古い賃貸 B:駅から遠いけど、新築の建売物件

むむ、これは人に聞くわけには行かないし、慎重にしなければ。一生の買い物だもの。失敗はゆるされない。

③何かの病気が見つかったときに

A:手術をする B:薬物治療で様子を見る

これは絶対に人になんか委ねられない。これこそたくさんの情報を集めて、後悔しないようにしなければいけない。身体は自分で守らなくちゃ。

わたしたちは、人生で、常に何かしらのAかBの選択に迫られているように感じるかもしれません。間違えないように、後悔しないように、細心の注意を払って、情報をたくさん仕入れて、選べるようになること=人生で身につけていくべき力だと、信じ込まされて来たかもしれません。

でも、本当の選択、唯一の意味あるは、心の中にしかありません。それは、自我を選択するか、スピリットを選択するか、だけです。

Aを選んでも、Bを選んでも、自我と共にそれを見るのならが経験することは同じです。自分と人の欠乏感、足りなさ。

Aを選んでも、Bを選んでも、スピリットと共に見るのなら経験することは同じです。自分と人の完璧さ、平安。

人がAと答えたからでもいいし、なんとなく自然な流れでAのドアが開くかもしれないし、自分ではAがいいと思ったけどどういうわけかAのドアは開かないから消去法でBしかないかもしれないし、でもその全てが完璧な采配です。

自分は、スピリットと共に見ることだけに意識を置いていれば良いです。

そうすると、このタイミングでその人が自分の目の前に現れてくれた、その理由がわかるかもしれません。自分は絶対にAだと思っていたけれど、泣く泣くBになったことで自分が望んでいたものよりはるかに大きな贈り物を受け取ることになるかもしれません。

AかBかで迷ったら、こう思い出しましょう。本当の選択は

A:自我 B:ホーリースピリット

このどちらかしかありません。