Saki Sakurai

誰のことも欠けた存在とみない

2022.09.21

これは、本当に難しいことです。だけれども、学びのうんと後になって、このことが事実だハッキリわかります。

誰かを欠けた存在(ゆるせないとか、心配だとか)と見てしまうのは、自分を足りない存在だと思っているからで、これは例外なくそうです。そして、誰かを欠けた存在と見てしまうことがありとあらゆる問題の根幹です。(そうとは思えないでしょうけれど。)

でも、わたしたちにとって例外をつくらないことも難しい。この人だけは別、この件だけは別というのが1つや2つは必ずあるから。(そのくらいの数であってほしいですが。笑)

では、一念発起して「自分は完璧だ。足りなさなんかない」とアファメーションを言い聞かせれば完璧だと思えますか?そんなことは不可能です。

自分の足りなさの感覚(罪悪感)は自分ひとりではどうすることもできません。これはもう、どうあがいてもできません。けれども、あなたの目の前の”問題の”その人が問題でないと見るならば、あなたの罪悪感は消えます。これがゆるしです。

自分のことを受け入れるには、自分の周りの人全員を受け入れなければいけません。これはもう、絶望的に「ムリ!!」と思うかもしれません(わたしが最初これを聞いたときは、それなら死んだほうがましだわ、と思いました。)が、これだけが自分と和解する道です。つまり、神との和解です。神のもとに帰るということです。