Saki Sakurai

固定にしない

2022.08.07

奇跡のコースのサットサンや学習グループの集いに参加していて、またはQ &A方式の学習本を読んでいて、少し混乱を招くかもしれないなぁと思っていつも見ていることの1つは、ティーチャーたちの言うことのなかに矛盾を見つけようと思えばいくらでも見つけられるということ。

あれ、このあいだはこう言ってたのに今日はこう言ってるとか、あの人にはこう答えていたのにこっちの人にはこう答えているとか。

こういうことはもう、探そうと思えばいくらでも探せるものです。

それはなぜかというと、学びの進度やレベルは人それぞれなので、Aさんに答えたことがBさんの学びのレベルに完璧に適しているということはないのです。もしかしたら、Bさんへの答えはAさんに答えたことと真逆の回答のように見えることだってあるかもしれません。

それを聞いたAさんは混乱するかもしれませんが、ティーチャーたちは、1人に話す時も100人を前に話す時も、完全にホーリースピリットに委ねているので、その人が受け取るにぴったりな言葉をホーリースピリットからもらいます。

なので、Aさんからの質問とBさんからの質問への回答は違って当然です。

ただこれは、真理が人によってたくさんある、ということではありません。

真理はひとつです。その真理に向かって歩んでいるわけですが、その日その瞬間のAさんの学びにはその答え(表現)が最適だった。しかし、その日その瞬間のBさんの学びには別の答え(表現)が最適で、でもふたりとも同じゴールに向かって歩いているということです。しかし、1ヶ月後にはその答えはもう不適切になっていることだって往々にしてあります。わたしたちは、毎瞬変わりゆく存在だからです。

なので、他の人の質問に対する回答に自分がしっくりこないならばこないで、ふわっと浮かべておけばいいのです。そういう集まりにおいて、発言されるすべての内容に迎合しなくていいです。違和感があれば違和感がある、自分にはわからないならわからない、そうしているほうがよっぽど早く進みます。

ティーチャーからの回答だけでなく、自分がホーリースピリットから受け取るメッセージも同じです。○○というメッセージを受け取って、それが自分にはものすごく力になって新しい景色が見えた。ゆるしがなされた。で、わたしたちはよく○○というメッセージを後生大事にしようとします。握り締めます。ずーーっと○○をしようとします。(笑)でも、もう次の学びではそれは役に立たないことだってあるし、それを手放さないといけないことだってあります。翌週には、○○とはまったく正反対のメッセージがくることだってあります。

回答・学び・教訓を固定にしないほうがいいです。学びは一生広がりゆくものだから。何かを握りしめることはできない。それだけが真に確かなものです。