Saki Sakurai

全体性の記憶

2022.04.11

たとえばわたしがPCを閉じてカフェから出ようとするタイミングと、見知らぬだれかが信号が青に変わって自転車をこぎだすタイミングと、鳩が向こうの電線に飛び立つタイミングと、隣町のスーパーの店員さんが卵のパックをうっかり落とすタイミングは、すべて完璧に関係しています。

これ以上にない完璧なタイミングで、すべてが互いに関わりをもって、同時に起こっています。わたしたちにはその全貌はわかり得ませんが、これが神の創造における織り物です。

わたしたちは、自分の半径3メートル以内にしか目を向けずに、すべて自分対○○という構図で見て、そのひとつひとつに良いとか悪いとか、利益があるかどうか自分にとっての解釈をつけますが、本当はわたしたちは、あらゆるものと線で結ばれていて、無関係なものはありません。

わたしたちは個で存在しているわけではないのです。生物も無生物も、すべてのものは切り離すことはできません。すべてが、特定の行動パターンを演じている宇宙です。

宇宙全体は、宇宙のいたるところにあります。

何もなく、しかし、全てあるとはそういうことです。それしかないからです。

この全体としての自分を思い出すのが、神のもとに戻るということです。癒されていた、と知ることです。